マンダラアートリーディング誕生物語

朝目覚めると耳が全く聞こえない・・・

2016年4月、「朝、目覚めると右耳がまったく聞こえない…」

重度の突発性難聴により、右側の聴力を完全に失った朝でした。
医療機関を受診し、即座に入院が必要となりました。耳の奥のすべてが大きなダメージを受けたため、激しいめまいや右の眼の視力の低下が起きました。
突発性難聴は難病指定され、原因が特定できない病気であり重症の場合は治療が非常に困難とのこと。

先端的な治療を受けましたが、医師から「回復は望めない」と告げられ、絶望の底に……
ある日突然、昨日までの「あたりまえ」だった生活を送ることができなくなったのです。

頭を動かすこともできないほどの激しいめまい発作と耳の奥で絶えず鳴り響く大きな耳鳴りは、精神を崩壊させるほどのものでした。
しかし、そんな非常事態にもかかわらず、私をサポートするさやか〔後に妻になる〕と母親のせつ子は、常にマイペース。しかもなぜか笑顔だったのです。

最初のうちは、そんな2人をうっとうしいとさえ思いました。
しかし、いつもと変わらない2人の手助けを受けているうちに、だんだん自分が絶望していることがバカらしく思えてきたのです。


そんなとき、2人が笑顔でいられる理由を思い出したのです。
彼女たちは、過去に大きな困難を乗り越えてきた克服のレジェンドであったことを・・・。

克服のレジェンド

せつ子は、長い闘病の末にステージ4の末期がんを克服。そして重度の心臓弁膜症を完治させ、80代になった今も再発なく元気に暮らしています。
さやかは幼少期に父親を亡くし厳しい環境で育ったものの、周囲の支えを受けて家族とともに困難を乗り越えてきました。

私はそんな2人の存在を通じて自分以外にも苦しんでいる人々がいることを思い出しました。
「苦しいのは自分ひとりだけではない」ということを理解し、何があろうとも再び立ち上がると強く決心をしました。

父が遺した一枚の書画との出会いからインスピレーションを受け取る

退院後、私は歩行のリハビリに取り組んでいました。そんなある日、4ヵ月前に他界した父が生前に書いた一枚の書画をみつけました。


最初はぼんやりと眺めていましたが、そこに書かれている文字の意味を理解した瞬間に涙があふれだし、いつの間にか心に大きなチカラが湧いてきたのです。

そして、自分のビジョンを思い出しました。
「みんなで実現する大きな歓びのステージ」。そこにいる大切な人々の笑顔を…。

父ひろしが書き遺した始まりの文字

家族は再び団結し、それぞれが父から受け継いだものや個々のセンスを発揮しました。
アート好きなさやかは、「平和な家族=コミュニティ」というインスピレーションを受けてマンダラを描き、せつ子は父の書画を手本にして、筆文字を書きはじめました。

さやかはマンダラを描くアーティストに
せつ子は筆文字を描くアーティストに


私はかつて占いをしていた経験と、その後の心理学を学んで身につけたヒーラーとしての経験を活かしてリーディングに磨きをかけました。

マルシェで腕を磨く

こうして、5年の月日を重ね、それぞれのセンスが世の中に提供できるまでになり『マンダラリーディング』は、父が遺した書画がインスピレーションとなってひとつの形を成したのです。

またリハビリを続けた結果、右耳の聞こえは完全回復にはならずとも、身体と精神の状態は完全回復し、得意なサーフィンやスノーボードを以前のようにできるようになりました。

さらには、さやかとは彼女の趣のある古民家の実家で婚礼式を挙げることができたのです。
『自宅で花嫁のすすめ』著者の 三澤武彦さんに撮影していただきました。

趣のある古民家での婚礼式



これまでのプロセスを経て、関わりのあったたくさんの人の協力があって「快運をつなぐマンダラリーディングアート」というプロジェクトが誕生しました。

このプロジェクトの目的は、私たちの活動や在り方を通じて人々の幸福と笑顔と元気さに貢献することです。
私が、父の書画や母とさやかの生きる姿勢からチカラをもらったように、次は私たち自身が「次の人」のチカラになりたいのです。

このアートプロジェクトは、私の苦悩から始まり、家族の結束と参加者たちの想いをつなぐことでビジョンに向け成長を遂げていきます。
参加者の想いとともに作り上げられるこのプロジェクトは、日々進化しながら、共に実現する歓びある世界を目指して動き出しました。

『マンダラリーディング』は、困難を乗り越えた人々の経験や才能を活かし、人々の心に希望と勇気を届けるとてもユニークな存在となることでしょう。
これからも、プロジェクトは進化し続けながら、多くの人々の人生に寄り添っていきます。

私たち家族の結束を表した吉祥マンダラ

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